松山城

松山城の完成
松山市中心部にそびえ立つ松山城は、加藤嘉明が1602年(寛永4年)から約26年の歳月をかけて創設しました。築城400年を迎えた松山城は、攻守の機能にすぐれた日本一の連立式天守をかまえた平山城といわれています。
1784年(天明4年)の落雷によって天守閣やその他多くの建物を焼失しましたが、その後1854年(安政元年)に再建され現在に至っています。
天守閣
松山城は江戸時代以前に建てられた日本で12ヵ所しか残っていない「現存12天守」のうちの一つでその天守閣は三重三階地下一階の建築になっています。日本で最も後期に再建されたもので、この建築の技巧と使用されている材料は、超一流の建築物です。
小天守閣は追手方面を防衛、からめ手方面を側防し、二ノ丸・三ノ丸方面を監視できる位置にあります。小天守閣の大棟には両端に瓦のしゃちほこがおかれており、その威厳を示しています。
重要文化財
松山城は、天守をはじめ、三の門南櫓、二の門南櫓、一の門南櫓・・・など、計21棟の建造物が国の重要文化財の指定を受けています。
また、そのほかにも現存12天守、国指定史跡「松山城跡」(堀之内含む)、日本100名城、美しい日本の歴史的風土100選、日本さくら名所100選、日本の歴史公園100選と、たくさんの指定を受けています。








